【幼稚園教諭】5年勤めるぞ!と張り切って就職した幼稚園は、子どもを放置して陰口をするとんでもない組織で、1年目で転職の計画を立てて過ごした3年間の話

【幼稚園教諭】5年勤めるぞ!と張り切って就職した幼稚園は、子どもを放置して陰口をするとんでもない組織で、1年目で転職の計画を立てて過ごした3年間の話

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
24歳

【当時の職業】
幼稚園教諭

【当時の住まい】
賃貸アパート1DKに一人暮らしで、実家は県外でした。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
基本給や賞与、住宅手当などの待遇がよかったことと、園庭の広さに魅力を感じて就職しました。
ピアノも得意でしたし、4年大学でじっくり学んだので、自信をもって担任をできると思いました。
大学時代から一人暮らしをしていたので、生活面も全く心配しておらず、最低でも5年間は勤続するだろうと妄想を膨らませていました。

【環境と仕事内容】
年少から年長までそれぞれ4クラスあり、全て1人担任で各学年に1?2人の副担任がいました。
34人ほどの職員がいて、バスの運転手と添乗員か4人ずつ、事務は2人でした。
園長、副園長、主任、パートリーダーの役職がありました。
私は役職のない保育教諭を3年間勤めました。
田舎の幼稚園ですが、バスを広い範囲に走らせていたので、自営業の方から専業主婦の方まで様々ですが、余裕のある家庭が多かった印象です。
土日祝日は休みで、夏休みも何日か取得できましたが、当然長年勤めてる方に合わせます。
平日は8:00から自分の担当のクラスへ移動して15:00位まで保育と掃除をします。
その後、職員室で書類書きや会議、制作準備や行事準備をし、17:15定時ですが19:00まで残ることが多いです。
帰る時は職員室に向かって「お先に失礼します。
お疲れ様です」
と声をかけるのですが、先輩が多いと無理です。
給与は手取り17万円くらいです。
賞与は4.5ヶ月分もらえたので、いい方でした。

【大変だった時期】
大学新卒で就職しましたが、最初から2年間が特に大変でした。




【大変だったこと】
人間関係がとにかく酷かったです。
副園長が長年勤めていて、独裁的な運営をしています。
園長は天下りばかりで数年で入れ替わります。
副園長がいい人だったらいいのですが、職員室や小部屋でとにかく悪口が止まりません。
若手のミスや失態は執拗に迫ります。
お気に入りの2の古株だけが仲間という感じで、他園から来たベテラン教諭の話には耳を傾けず、今までのやり方をとにかく押しつけていきます。
そのため、古株とベテランの間でも派閥ができて、それぞれが新人を少しでも仲間につけようとしてきます。
(書いていて気持ち悪くなりました)どちらも陰口の言い合いに巻き込まれるだけなので、若手はヘラヘラするしかなく…。
しかも定時後にこっそり話しかけてくるので、やろうと思っていた書類や準備が進みません。
そして終わらない仕事が出てくると、学年のリーダーに叱られるのです。
組織として終わっているなと思いました。

【大変だった期間】
勤めた3年間続きましたし、その後同僚からの話を聞くともっとひどいことになっていたようです。




【当時の心境】
初めは、社会はこんなものなのだ、頑張らなくてはと思っていました。
しかし、数ヶ月で自分に変化が現れ始めました。
ちょっとしたことも忘れてしまうようになったのです。
家に帰って泣く日々で、考えてみたら抑うつ状態だったと思います。

【職場が大変だった原因】
1番の原因は副園長ですが、そんな彼女を育てた幼稚園の組織かよくなかったのだと思います。
私立幼稚園にあるあるですが、一家で理事長を継いでおり、古い体質が今の幼稚園を創り上げてしまったのでしょうね。




【仕事で良かったこと】
同期や若い世代とは、ある意味絆が深まったと思います!少しずつ組織の体質が見えてきて、対応できるようになると、子どもたちとの時間も楽しめるようになってきました。
保護者の方も応援してくれましたし、卒園児たちがランドセルをみせに来てくれたりすると、本当にこの仕事でよかったと思えるあたたかな気持ちになりました。




【特にひどかった最悪の出来事】
1年目、年長児の担任になりました。
4月まで、日案を提出しながら食らいつく毎日でした。
学年のリーダーであり指導担当のA先生はギャルっぽいサバサバした感じの30代の方でした。
5月も指導案を出せと言われてなかったのに、なんで出さないの?と詰められ、教室で叱られました。
保育中ですが、A先生は自分の保育室を放置(子どもはいる)して別クラスのお友だちのB先生と陰口を楽しむようになりました。
また、他の先生からうっかりしていたことをコッソリ付箋で教えてもらうと、それを見ていたB先生がA先生に耳打ちしていました。
その様子に気づきましたが、知らないふりをしてその日は帰りました。
日曜日にわざわざラインで「付箋もらった?内容教えて?」と言われました。
今思えば変なタイミングだったので、お仲間で集まってLINEしてみなよ!とかの流れだったのかもしれませんが、そこでとぼけることも受け流すことも出来ず、正直に伝え、大泣きしました。
不信感と、自己否定でメンタルがボロボロでした。




【相談した人・助けてくれた人】
同じ担当の学年で、1つ上の先輩が、無給の残業の時間に派閥の現状を教えてくれたり、立ち回り方を教えてくれました!あの時先輩が手を差し伸べてくれなかったら、年度の途中でどうなっていたか分かりません。
自分から相談できる人はその先輩だった1人でした。

【改善のための行動】
精神状態がよくなかったので、ミスが続くとより大変になるので、自分の仕事のキャパシティを把握しました。
そしてとにかくメモをして、嫌いなリーダーに何度もしつこく確認しました。
そうすれば、間違いがあっても責めきれないからです。




【現在の状況と心境の変化】
1年目で転職を決意し、3年目はフリーの立場にしてもらいました。
そのまま認定保育所に転職、引っ越しもして関わりを断ちました。
組織の雰囲気の違いに本当に驚きました。
クセのある方もいましたが、いい人ばかりで楽しく安心して保育でき、幼稚園時代のような忘れっぽさからのミスもなくなりました。
現在は結婚相手の仕事の都合で転居したため退職しました。

【学んだこと】
人間関係が良くない現場は保育も良くないということです。
嫌な人へのセンサーが養われたので、転職の際に役に立ちました。
(見学時に対応が良くても、職員や子どもへ高圧的だったり、職員室の空気感が悪かったり)また、自分の仕事のキャパシティを知れたのは本当に良かったです。



【当時の自分へのアドバイス】
誰も完璧を求めてないから、頼れる人にはちゃんと頼り、子どもたちのためにできることをして。
そして楽しんで。
間違っていると感じている人には好かれなくてもいいんだよ、後でちゃんと尊敬できる先生に出会えるから、安心して保育をしていて。
そして、同期は自分よりも早くいなくなってしまうけれど、やっぱり分かり合えるのは同期だから大事にしてねと言いたいです。