【幼稚園講師】新卒で何も分からないまま1クラスしかない年長クラスの担任に。責任ばかりが押し寄せるが何も教えてもらえない。

【幼稚園講師】新卒で何も分からないまま1クラスしかない年長クラスの担任に。責任ばかりが押し寄せるが何も教えてもらえない。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
22歳

【当時の職業】
幼稚園講師

【当時の住まい】
実家の一軒家で母親・妹と同居

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
地元の幼稚園で公務員として働きたいと考えていたので、公立幼稚園の採用試験を受けました。
あいにく、正式な採用はされず講師として公立幼稚園に配属されることになりました。

【環境と仕事内容】
年長クラスの1人担任。
加配の先生はいるが常にいるわけではなく他のクラスにも行くためほぼ一人。
出席、クラス活動などすべて一人で行い、隣にクラスもいないため誰にも相談できない。
30人クラスの内3人ほどつきっきりでないと何もできない子どもがおり、途中入園のため幼稚園のことを何もわかっていない保護者もいる。
土日は休みだったが、平日は毎日8:00?21:00勤務。

【大変だった時期】
新卒で就職し、初日からずっと大変でしんどかった。




【大変だったこと】
クラス約30人中3人がつききっきりでないと何もできないくらい配慮が必要な子どもなのに、加配の先生は年少クラスにつききっきりでほぼ1人でクラスを回さないといけなかった。
私自身も新卒での採用の為分からないことも多く、先輩もほとんどなにも教えてくれなかった為、○曜日は○○をする日なども当日になって子どもに教えられて知るような状態だった。
先輩も自分のクラスのことで手一杯だっただとは思うが、後で教えるからまだやらないでね、と言われた作業が何度声をかけても教えてもらえずクラス活動に支障が出ることも多かった。
園長先生に毎日指導案を提出し、添削してもらっていたが具体的な指導はなく「学生みたいな指導案」とダメ出しをされるだけ。
勤務時間が過ぎても先輩が全員残っているため先に帰れる雰囲気ではなく、かといって何も指導してもらえないため残業して何をしたら良いのか分からない。
ただただ21:00まで勤務して、やっとの思いで家に帰ってから次の日の指導案を作成する毎日。
土日の休みも次の週の準備物や指導案を書き上げるため休みとは言えない状態。

【大変だった期間】
自分自身が耐えられなくなってしまい1ヶ月弱でやめてしまった。




【当時の心境】
初めは自分のクラスの子どもが可愛く、どれだけ大変でも会えるのが楽しみだと感じていた。
ただ、時間が過ぎるにつれて子どもと会うとその分仕事が増える、指導される時間が増えると思うとどんどん憎く思うようになっていった。
やることはいっぱいあるはずなのに何からしたら良いのか分からず、毎日の活動に何をすれば良いのかも分からずで追い詰められて出勤が嫌になった。
通勤しながら、今車に轢かれてしまえば…橋から飛び降りてしまえば…と考えるようになった。

【職場が大変だった原因】
大変な仕事内容にも関わらず人員が少ないこと、新人に対する指導の体制がその園にできていなかったことが大きな原因だと思う。




【仕事で良かったこと】
毎日本当に死ぬような思いで過ごしていたので、活動が終わって子どもを無事に保護者に引き渡せたときはほっとして嬉しかった。
誰もいない静かな教室で子どもの作品をじっくりと見返しているときはとても楽しく感じていた。




【特にひどかった最悪の出来事】
クラス開始から2?3日経った日の活動のとき。
花壇に咲いているチューリップの絵を描こうとクラスの子どもを連れて園内の花壇へ向かった。
事前の指導案への指導でチューリップの葉や花びらをよく観察させて描かせるようにと言われていたので、その通りに子ども達へ声を掛けて活動をしていた。
しかし、園長先生が突然やってきて子どもたちの前で全然違うなっていないと指導されてしまった。
その後は園長先生が主体となり子ども達に声をかけて主導していた。
何がダメだったのかも分からず突然クラス活動を奪われたような気持ちになり、また後で怒られるんだろうなとも考えてとても憂鬱な気分になった。
子ども達への充実した指導や活動よりも園長先生の機嫌を損ねないような活動を考えるようになってしまった。




【相談した人・助けてくれた人】
親へ相談したが、本格的な勤務が始まってから1週間ほどだったこともあり最初は全く取り合ってもらえなかった。
しかし、私が本当に精神的に限界で休日にふと飛び降りようかなと考えて最後に声を聞きたいと思い電話をしたところで、本当に限界なんだと悟り助けてくれるようになった。

【改善のための行動】
新卒で入った、園のことを1番何も知らない人間が園の体制を変えるのは無理だと思った。
ただその日の仕事をやりきって子どもを無事に帰すことで精一杯で、この環境がおかしいと考える暇もなかったし、要領やできの悪い自分が悪いのだと考えてしまっていた。




【現在の状況と心境の変化】
当時の園を辞めてから、6年。
途中、別の私立保育園で2年ほど勤務をして退職し、子どもを産んだことや引っ越しを経て、あれはあれで良い経験だったかなと思えるようになった。
保育園での勤務ではどれだけ大変なことでも、あのときよりはマシだと考えて頑張ることができたし、子育ての大変な時期もあの時の眠れない地獄よりは余裕があると考えて乗り越えられた。

【学んだこと】
自分の限界だと感じた時には、周囲の声に惑わされずに自分のことは自分で守ってあげること。
その場所では上手くいかなくても他の場所では上手くやっていける可能性があるということ。



【当時の自分へのアドバイス】
絶対に終わらさなければいけない!と自分への課題を強く考えず、休むときにはしっかり休むこと。
無理をすると後々に響くし、その分さらにしんどい思いをすることになる。
また、無理だと思った時にはすぐに逃げること。
自分の努力が足りないと自分を責めるのではなく、限界が来る前に逃げても良い。
死んでしまっては元も子もないし、現在何よりも大切な我が子に会えなくなってしまうよ!!