【幼稚園教諭】幼稚園の上司が家族経営で繋がっていたらどうなるのか。それにめげずにやり尽くしてきた話。

【幼稚園教諭】幼稚園の上司が家族経営で繋がっていたらどうなるのか。それにめげずにやり尽くしてきた話。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
23歳から27歳

【当時の職業】
幼稚園教諭

【当時の住まい】
実家の一軒家で、祖母、父と母、兄と住んでいました。
大変だった中、唯一救いだったのが実家にいたためご飯を作ってもらってたから倒れずに勤めていたのかもしれないです。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、同じ業種の別の職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
近場で求人のネット検索してたので面接をしにいきました。
家庭的で少人数の保育、先生たちも仲良しだったので私もこんなところで働きたい!和気藹々と子ども一人ひとりと関わりながらやっていきたいと思いました。
少人数ならではの一人ひとりの園児とゆっくり関われることを望んでいました。

【環境と仕事内容】
園児は全部で40名ぐらい。
年少、年中、年長と各1クラスずつで職員は5名でした。
家族経営で理事長はおじいちゃん(70ぐらい)、園長は理事の妻おばあちゃん(68ぐらい)、その息子が主任(50代)、そこを卒園した職員1名(Aさん)と私。
基本土日祝休みで行事があるときは土曜日出勤あっても振替休日はしっかりありました。
給料は17万ぐらいです。
それぞれ担任を持ちます。

【大変だった時期】
1年目から大変でした。


働き始めて2ヶ月後あたりから急に大変になってきました。




【大変だったこと】
年寄りの理事は寝てばかり、たまに顔出すぐらいでした。
妻である園長は朝の会が終わるとそそくさと休憩へ、、、外遊びは私やもう一人の先生に任せて昼食まで戻って来ません。
その息子(主任)は隣にある実家へタバコ吸いにいったり寝ている理事、園長の隙をついて休憩しにいきます。
この園は私ともう一人のAさんと全てを行い、すべての行事の準備も二人だけで行うのです。
それはそれは終わらない行事の準備、、、そして楽しみにしている園児と保護者。
期待を裏切るわけにはいかないと必死に準備をしていました。
が、、、手柄はすべて理事長と園長と主任のもの。
「一生懸命、子どもたちのためにここまでやった」とその行事の当日マイクで言うのです。
あまりにも大変で終わらない時は園に泊まることも、、、残業代なんて出たことはありません。

【大変だった期間】
7年続きました。




【当時の心境】
仕事をするってこういうことなのか、こんなに大変なのかって思っていました。
やめたいけど子どもたちが可愛すぎて今の年少さんが卒園したらやめようって何度も思っていました。
仕事に行きたくなくて下痢になることも何度もありましたが、休んでも代わりがいないからと必死にいきました。

【職場が大変だった原因】
まさに、家族経営だったことです。
そして上の人が年がいき過ぎていたことです。
仕事をしない主任の息子さんのことも甘やかしていましたからね。




【仕事で良かったこと】
園児が先生たちの絵を描いた時に私とAさんだけを大きく描いて、他は蟻のように小さく描いていました。
理由を聞いたら、好きだからと素直な気持ちが聞けてやってて良かったと感じました。
また、行事の準備で保護者に感謝された時です。
気づいてくれていたのだと嬉しかったです。




【特にひどかった最悪の出来事】
私が行事のために一生懸命作った飾りを園児が帰った後に夜遅くまで絵の具で描いたのですが、乾かせるために朝出勤したら片付けようとクラスの床にそのままにして帰りました。
朝出勤して見てみたらくっきりと上履きマーク。
悲しくなり先生の朝礼時にポロポロ泣いていると、なぜ泣いているのかと聞いてきた園長が、、、理由を話したらまさかの一言。
夜来てみたら見えなかったから踏んでしまったのよ。
まさか床にあるとはねー。
いつも戸締りの確認してるからって言われました、、、。
また作り直せば大丈夫だし、もう少し明るい色の方がいいわよとアドバイスまで。


さすがに返事ができずに悔しくて涙がポロポロと止まらなくなりAさんに慰められて一緒に作り直しました。




【相談した人・助けてくれた人】
相談はいつもAさん。
愚痴もAさん。
お互いがお互いに助け合ってきました。
特に第三者みたいな人もおらず、保護者に愚痴なんてこぼせずひたすら二人で助け合うことしかできずにいました。
他に教諭が入ってきてたら変わっていたかもですが、募集もしてくれませんでした。

【改善のための行動】
Aさんと作業しながら楽しく話すことで乗り越えてきました。
味方はAさんのみですし、父・母・息子の先生たちは見ても見ぬふりなためなにをしても無駄だと諦めることで頼ろうとも思わなかったし、とにかく子どもたちのためにやろうと思ってやりました。




【現在の状況と心境の変化】
辞めてから6年は経ったかなと思います。
大変すぎて年も数えていないぐらいでした。
、、、まさかの園は閉園となりました。
そのため私もそこを辞めざるをえず、、、現在は保育士として保育園に勤めています。
結婚して子どもも二人産まれてパートで保育園へ、、、私生活も仕事も順調です。
とりあえず家族経営じゃないことを確かめてしまいます。

【学んだこと】
新人の若い子が大変そうにしてると、声をかけて励ましたり聴く側にまわるようになりました。
愚痴や悩みを話せたり、行事前など仕事を抱え込まないようにやることないかと積極的に声をかけています。



【当時の自分へのアドバイス】
若いからと無理をしないでほしい。
第三者を見つけること、労働基準にあってないため相談機関に相談すれば良いと伝えたいです。
でも、そこで全てを抱えてきたからこそ子どもたちの前で自信持ち責任感持ち保育ができるようになったからこその今があるので、めげずに続けていくことも大事であると伝えたいです。
頑張れ!あの頃の私!