【幼稚園教諭】人間関係での悩み、大きく捉えたら簡単かもしれない。予想もしなかったパワハラ上司との出会い。防ぎきれなかった自分の弱さを知った経験。

【幼稚園教諭】人間関係での悩み、大きく捉えたら簡単かもしれない。予想もしなかったパワハラ上司との出会い。防ぎきれなかった自分の弱さを知った経験。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
27歳

【当時の職業】
幼稚園教諭

【当時の住まい】
実家の一軒家で親と同居していたが家を出て一人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今も同じ職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
児童館に勤めていたが、再び幼稚園教諭として担任業務を希望し転職という形で就職した。
又、友達の母園でもあった為。

【環境と仕事内容】
職員数は32人、2年間学年主任、3年間クラス担任を務める。
子ども保護者は私立幼稚園のため育ち人柄もよくモンスターペアレントも特にいない。
土日祝日休み、夏季、冬季、春季の長期休みあり。
給与、賞与共に昇給制度あり。
実習生受け入れると、日数に応じて手当てが出たりと、細かい配慮あり。
又、行事等の際は昼食負担などの気遣いあり。

【大変だった時期】
転職初日から3年間ずっと大変だった。




【大変だったこと】
人間関係での悩みが主。
勤務年数、昔からいるパート職員等と、新人との亀裂有り。
古株が権力を握る為、下っ端は意見できない。
その環境にも関わらず会議などでは意見を求められ、意見できないイコール仕事ができない呼ばわりされる。
又、仕事の効率化が議題にあがることが多くあるが、上司の仕事が終わらない際は部下も残業に付き合わされたり、帰れないことが多々ある。
上下関係が古風で固定概念も強く、下の意見が尊重されずに従うしかない。
又、性格が合わないパワハラ上司がいて、毎日掃除の仕方、事務作業一つひとつのやり方、子供への声掛けの仕方等ネチネチと小言で注意されてきたことがトラウマであった。
何かするといわれるという習慣が耐えられなかった。

【大変だった期間】
ずっと今でも継続




【当時の心境】
毎日がとにかく、楽しさなんて微塵も感じない。
職場に行く足取りが重い。
腰痛、不眠、心臓の動悸の症状も現れ、とにかくパワハラ上司に会いたくない一心。
帰宅後も顔が浮かび、声が忘れられず洗脳のような状態。
恨みと憎しみしかなかった。

【職場が大変だった原因】
パワハラ上司の性格の問題。
何度も管理職に訴えたが、勤務年数で比較されベテランを守る体制の管理職な為、下の意見は聞いてもらえず笑い話になった。




【仕事で良かったこと】
クラスの子ども、保護者との信頼関係を築くこと。
毎日子どもの笑顔に触れて、様々な活動を通して笑いあったり泣いたり、いろんな感情を共有して感動しあえたこと。
保護者と子どもの成長を分かち合い、感謝の気持ちを伝えてもらったこと。




【特にひどかった最悪の出来事】
2年連続で、自分と同じ学年隣のクラスの担任が精神科に通いドクターストップによって退職する運びになったこと。
その原因も自分が受けているパワハラ上司からのキツい指導であり、同一人物からの被害者は自分以外にも4名にわたる。
それだけの被害をもたらしているにも関わらず、パワハラ上司は自分がやったのではないとムキになり平然を装っている。
又、被害者の捉え方の問題だと指示するなど、人間として疑う考え方の持ち主である。
被害者の保護者も幼稚園に電話し意見する行動をとったが、幼稚園側もパワハラ上司の肩を持つことが多く、組織として大変疑わしいものである。
被害者は過呼吸を起こし幼稚園内で倒れた為救急車で運ばれた。
そのような最悪な出来事を目にしてきたトラウマが大きい。




【相談した人・助けてくれた人】
元職場の同期には常に相談していた。
前職での思い出や、共に働いた環境と比較することで、自分の今の状況がいかにおかしいかに気づけるようなきっかけを探すために拠り所としていた。
又、家族の存在も大きく常に客観的な意見をくれた。

【改善のための行動】
管理職に被害報告を4回した。
土日になって、朝目が覚めても感情が落ち着かず気分の波がひどくあることから、管理職に伝える原稿作成をしたり文章をまとめたり被害時系列を記録するなど被害者として勇気を持って訴えた。




【現在の状況と心境の変化】
管理職に被害を訴えたことで、少なくとも自分の心境を理解、把握している存在がいることに安心感は抱いた。
そこから眠れるようにはなった。
腰痛、肩こりも軽減され生活に目を向けられるようになった。
又、周りの職員に少し頼れるようになった。
相談したり、辛い時に距離を保てるよう協力してくれる人もいた。
しかし、転職を考えている。

【学んだこと】
人に頼ってもよいという勇気。
辛いことを口にしていってもいいと思えた。
言葉にすることで、自分が受けた辛さを客観的に考えられた。



【当時の自分へのアドバイス】
性格が合う、合わないは誰にでも起こり得ること。
でも、誰もが経験していることだとしたら逃れる方法、技ももう少し磨く、身につけられたら良かった。
自分でもどうにか乗り越えられる器用さが欲しかった。
強くなったとは思うが、同時にトラウマだ。
でも、トラウマとして捉えるか、経験として捉えるかも考え方次第であるので、視点を変える力を身につけたい。