【幼稚園教諭】新卒で就職したら、そこは園長のパワハラ地獄。挫折→転職から学んだ話

【幼稚園教諭】新卒で就職したら、そこは園長のパワハラ地獄。挫折→転職から学んだ話

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
20歳

【当時の職業】
幼稚園教諭

【当時の住まい】
実家の一軒家で両親と弟、祖母と同居でした。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
保育系の短大在学中、卒業前になっても就職がなかなか決まらなかった私は、とりあえず先生の紹介でとある幼稚園の就職試験を受け、その場で内定をもらいました。
「この幼稚園・保育園に就職したい!」
という目標がなく、漠然と保育系の仕事ができれば…と思っていたので、卒業前に焦って、その幼稚園の情報収集もせずに試験を受けてみた感じでした。
今思えばそれが間違いだったのかなと思います。

【環境と仕事内容】
私立の幼稚園。
職員は園長、副園長、事務、教諭、給食職員、バス運転手の15名程で、小規模でしたが園児は多かったです。
少ない人数で回している感じでした。
保護者や園児の様子は一般的な感じでしたが、園の方針なのか園児の兄弟(2歳など小さい子)も家庭の都合によっては受け入れたり、障がいを持つ子も数人いて、新人としてはてんやわんやでした。
新人の仕事内容は、クラス担任の補助やバス添乗、預かり保育、その他掃除などの雑務でした。
教諭は全て30歳以下の若い先生で、主任クラスの中年の先生はいなかったです。

【大変だった時期】
新卒で就職し、1ヶ月経った頃から大変でした。




【大変だったこと】
新卒で就職してから2ヶ月で退職したのですが、主な理由は園長のパワハラでした。
最初は、私の声が小さい事をずっとネチネチと言ってくるのが嫌な感じだな…と思っていて、私も自分で気にしていたので改善するように努力していました。
それでも、事あるごとに私にきつく言ったり、理不尽な事で注意を受けたりという事が増えていき、ついには挨拶を無視され、あからさまに私を嫌うようになったのです。
もう一人、園長の標的になっている先輩がいたのですが、二人まとめていびられた事もありました。
大変だったのは園児の前でも平気でいびる事でした。
新人の私にとっては辛く、皆の前で涙が流れてくることもありました。
とにかく出勤して一日を終えるまで、いつ何を言われるかハラハラして、幼稚園教諭としてのスキルを学ぶどころではない状況でした。
行事などのたびに、理不尽な理由で怒られ、明らかに私を辞めさせたいという雰囲気が伝わってきて、日々のストレスが積み重なり就職から2ヶ月で適応障害になり、診断書を出し退職しました。
園長に対してムカつく!という気持ちになれたのは退職した後の事で、働いている間は恐怖しかなかったのを思い出します。
当時の園長の対応は指導ではなく独裁で、新人でもできることを精一杯努力していたのに努力すら認められず、気に入らないから最初から潰してしまおうという魂胆が、今思い出すと腹が立ちます。

【大変だった期間】
退職するまでずっと続きました。
その後も変わらず、年度末にはさらに3人の先生が退職しました。




【当時の心境】
当時は毎日出勤するだけで涙が出て辛かったです。
常に不安と恐怖でした。
友達にメールしたり、同僚に相談したりする事で気持ちをなんとか落ち着かせていました。
家に帰ると安心して、家族の前で何度泣いたことか…!
とにかく一日一日を過ごすだけで精一杯で、当時の自分ってちゃんと働けていたのかな?と思ってしまいます。

【職場が大変だった原因】
大変だったのは園長のパワハラによるものでしたが、園長に立ち向かっていけるような主任クラスの先生がいなかったこと、ほとんど保育が未経験の女性が副園長だったことなど、パワハラからの退職→続かない→若い先生ばかりという悪循環の職場だなと思いました。
そして、退職してしばらく経ち、自分も社会人経験を積んだ後に思ったことは、就職活動の時点で間違っていたんだな…という事です。
学生時代、私って保育に向いてないかも?と思う事が何回かありました。
自分の適性を考えず、漠然と就職活動していた私は内定も決まらず、最後はなんとか先生の紹介で内定したもののこんな結果に…自分にも落ち度はあったのです。
園長からすると、私にはやる気がないように見えたのかもしれません。




【仕事で良かったこと】
子供たちが帰った後、先輩の先生方とお茶をしながら色々な作業をするのが唯一の楽しい時間でした。
そして、何より子供たちの笑顔、こんな新人の不甲斐ない私にも頼ってくれる純粋な姿がとても嬉しく、一日が終わると達成感がありました。




【特にひどかった最悪の出来事】
4月、研修も兼ねた職員旅行の時のこと。
楽しいはずの宴会の席では私の他に標的にされていた先輩に対し、酔った園長がわざわざ過去の話を持ち出しきつく咎めました。
そして宴会の雰囲気は最悪のまま終了。
悲しそうに泣く先輩をみんなで支えながら宿の部屋に戻り、新人の私たちを含む若い先生同士で愚痴りながら夜を過ごしました。
みんなで、早く帰りたいね…と悲しい気持ちになったのを覚えています。
夜中、同期で就職した子と一緒に温泉に入りながら、あまりに辛すぎて「お母さんに会いたいね」と話していました。
私はとんでもない幼稚園に就職してしまった…と初めて気付き、これからどうなるんだろうと恐怖を覚えた、本当に最悪の一日でした。




【相談した人・助けてくれた人】
同期の子や先輩に相談しました。
残念ながら、みんな若い先生な事もあり、園長にガツンと言ったり助けてくれたりした人はいなかったです。
本来なら主任クラスであろう副園長の年配女性は、面倒な事から逃げるばかりで何も相談できる雰囲気ではなく、私たち若い教諭への指導もままならない人でした。
ただ、一緒によく仕事をした先輩が毎日、帰りに車の中で話をしっかり聞いてくれたことがすごく嬉しかったです。
もちろん家族にも話しましたが、あまりにひどいので心配になったのか、無理して続けなくてもいいよと言ってもらえてホッとした記憶があります。
最終的には卒業した短大に連絡し、相談しました。

【改善のための行動】
私の声が小さいことを園長は気に入らないんだな、と最初に思ったので、園児や保護者に笑顔で明るく、大きな声で接することをとにかく心がけました。
先輩の振る舞いや子供への対応もよく見て、少しでも近付けるように毎日努力しました。
しかし、もう園長の中では私を辞めさせたいと思っているので、そんな努力は通用しませんでした。




【現在の状況と心境の変化】
それから12年ほど経ちました。
現在は専業主婦ですが、新卒で幼稚園を2ヶ月で辞めた後、事務職員に転職し、結婚・出産も経験しながらその職場で8年ほど働きました。
そこで気付いたのが、私にはやっぱり保育の仕事は合っていなかったということ、そして当時の私にも問題があったんだなということです。
子供が好きとはいえ、元々おとなしい性格のため、元気さが必要な保育の仕事は合っていなかった、そしてそれに気付けなかった学生時代の自分がいました。
事務職員を経験してからは、事務の仕事はとても自分に合っていて、得意だと気付き、これだ!とようやく思えました。
事務の職場では、仕事にやりがいを感じ毎日充実、上司に恵まれ毎日楽しく働きました。
また子育てやコロナが落ち着けば、事務で働きたいと思います。

【学んだこと】
何がする時はしっかり情報収集すること。
いくら自分が辛い思いをしても、自分にも足りない部分がある事に気付いて反省、改善することが大切!
切り替えして前に進むことの大切さ。



【当時の自分へのアドバイス】
学生の時に、しっかり就職の情報収集をするべきだった。
受け身じゃなく自分から行動することが大事。
でもここまでよく頑張った。
これからは自分の行動も振り返ってみて。
そして反省して、ゆっくり休んだら自分に合った道を見つけて!社会人の新人は失敗して当然。
これからも色々大変な事がたくさんあると思うけど、今回の経験が活かせるよ!