【幼稚園教諭】憧れの土地へ転職したものの1日目から違和感!園長息子の嫁候補から最底辺まで大暴落した幼稚園教諭の独裁園長との戦い

【幼稚園教諭】憧れの土地へ転職したものの1日目から違和感!園長息子の嫁候補から最底辺まで大暴落した幼稚園教諭の独裁園長との戦い

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
24歳

【当時の職業】
幼稚園教諭

【当時の住まい】
賃貸アパートで一人暮らしでした。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
元々別の幼稚園に勤めていたのですが、ずっと住んでみたい憧れの場所があり、そこに引っ越すにあたり転職サイトで距離や収入面、規模が希望通りの園を見つけ就職しました。

【環境と仕事内容】
入職した時からずっとクラス担任で、辞めた時は年長組の担任でした。
年少、年中、年長とそれぞれ2クラスずつあり、入職した時には保育経験年数としてはまだ3年目だったのですが、同時に新卒の子も入職し、同じくらいの年齢ということで何かと比べられ、わたしは割とそつなくこなしていた為(新卒と比べたら経験があるので当たり前ですが…)中堅のような扱いをされていました。
子どもや保護者の方々とは楽しく仲良くやらさせてもらってました。
土日休み、有給は夏休みで勝手に消化される、給料は21万とこの職業にしては低くないのかなと思いますが昇進や手当はほとんどありません。
そしてサービス残業は当たり前、ある時から残業しないようにしようと定時で帰らされるようになりましたが、仕事量が変わっていない為持ち帰り仕事が増えむしろ負担になりました。

【大変だった時期】
最初から違和感はありました。
実際に大変だと強く感じるようになったのはそこで働いて3年目の頃からです。




【大変だったこと】
とにかく人間関係というか、雰囲気が悪いです。
園長の性格が最悪で、いわゆる独裁者でした。
毎年ターゲットの職員を決め、とにかくいじめ抜く。
他の先生とは和気藹々やっているのに、気に入らない先生には明らかな不機嫌な態度。
あの先生には内緒よ、とターゲットの先生だけに秘密でみんなが得するようなこと(お菓子の分け合いから保育で使用するものに関してまで大小様々でした)をしたり。
子どもの前で先生のことを怒鳴ったり。
ふたりの職員が同じミスをしてもお気に入りの先生には軽い注意で終わり、気に入らない先生は延々と突く。
ばか、あんたなんかと結婚する人が可哀想、あんた親にどんな躾されてきたの、どうせどこいっても仕事できない…録音してたら訴えられるんだろうなと思う暴言ばかりでした。
中には園長に土下座をした先生もいました…
しかもそれは子どもや保護者に対しても同じで…
気に入った子どもには何しても基本怒らない。
気に入らない子には感情に任せてすぐ怒る。
陰で子どものことを「ばか」「ぶす」「ぶさいくのくせにフリフリのリボンつけてきてたよね、似合わないよって教えてあげなよ担任?」とか。
「あのバカ親!」「弁当冷凍ばっかりじゃんありえない」「あそこの躾どうなってるの?」とか。
周りの先生たちも自分が次のターゲットになりたくないからと同調して、その環境に慣れた頃には同調どころか自分から進んで悪口を言い出すように。
先生同士は仲間なはずなのに常に蹴落とし合いでした。
愛想笑いで場をやり過ごしていたわたし自身も、ターゲットにされていた先生からしたら共犯なのかもですが、悪口を聞いてるだけでわたしもすごくストレスで病みそうでした…
よく、いじめは傍観者も共犯と言いますし、わたしもその通りだと思ってましたが、権力を振りかざして周りが反抗できないことを知っていながら同調を強いている環境での傍観者はむしろ被害者だと今は思ってます。
先輩いわくわたしが入る何年も前から毎年ターゲットを決めてはいじめに耐えかねたその人が辞めて…を繰り返していたそうで、多い年には3人、同じクラスの担任が変わったそうです。
保護者の方から担任が辞めすぎだと殴り込みのクレームが来たこともあるようです。
でも外面が良く、気に入った人にはとことん優しく他人の懐に入るのが上手い為、気付いていない振りをする保護者や、本当に気付かない保護者が多かったです。
まあ子どもも幼稚園楽しんでるし安全に見てくれれば良いかな…となるのは当たり前ですよね。
裏の顔も知ってるわたしからしたらこんな道徳心のかけらもない人たちに子どもへの指導任せるのは絶対嫌ですが…
そしてそこで働いて3年目。
結婚が理由で今年度いっぱいで退職させていただきますと退職願いを出したところ、遂にわたしがターゲットになってしまいました…
自分で言うのもなんですが、それまでは園長はわたしのことがとても大好きでお気に入りで本当にしっかりしてる、すごい、息子の嫁に来てほしいなんて常々言ってもらっていたのでびっくりでしたが、毎年退職願いを出した職員には当たりが強くなっていたのでやっぱりか…という気持ちもありました。
ただ特別仕事が出来るわけでもないのですが、それなりにそつなく仕事もこなしていた為突きどころがあまりなかったようで、OKを貰って進めていた仕事を後になって「なに勝手なことしてるの!」とか、なくなりかけの絵の具の出し方が自分と違う!とか理不尽極まりないことで怒られていました。
今思い出しても訳わからんです。
そんなこんなで食欲がなくなったり、寝られなくなったり、お腹が痛くなったり、休みの日に突然涙が出たりと精神的に参ってしまったので退職代行を使い、あえて忙しい時期に突然辞めてやりました。
少しでも迷惑かかってれば嬉しいです。
わたしも性格悪いですね。

【大変だった期間】
辞めるまでずっと続きました。
今も残った誰かがいじめられてるんだと思います。




【当時の心境】
毎日苦痛で、2年間毎朝楽しく通勤していたのが、3年目にして足が重くなり、毎朝出勤時間ぎりぎりに到着していました。
園長のいないクラスでの保育中など子どもと一緒に過ごしている時間と、なんとなく勘づいて「頑張ってね!」と応援してくれる保護者の方々とお話している時間と、掃除の時間だけが癒しでした。
その頃は「いつでも辞められるんだ」という余裕があるだけで気の持ちようが全然違ったので、私物はほぼ全て持ち帰り、日付だけ書けば「今日限りで辞めさせてもらいます」と言って出せる退職届を2部、通勤カバンと保育セットにひそませておりました。
辞める直前に精神科にいって適応障害と診断書を貰って突きつけてやりました。
1秒でも早く関わりを断ちたかったので賠償金の請求などはしなかったですが。

【職場が大変だった原因】
自分に落ち度が1%もなかった訳ではないと思います。
完璧に仕事をこなせていた訳ではないので。
でも毎年同じように事が起こって泣きながら職員が辞めていって…となっている以上、原因はやはり園長のいじめなんだろうなと思います。
あと園長の取り巻きの古株先生達。




【仕事で良かったこと】
ありがちですが、子ども達の成長、これにつきます。
人の顔を描けるようになった、体も書けるようになった、箸を使えるようになった、消極的な子どもが自分から助けを求めてくれた、鉄棒で逆上がりができるようになった、ずっと負けていたリレーで今日は勝てた、クラスで協力して運動会をやりきった、発表会の劇が完成した、あんなに小さかった子ども達が卒園する…大なり小なり日々色々な成長があちこちに転がっていて、それがとても嬉しかったしやりがいでした。
あとやっぱり運動会や発表会など行事は子どもへの指導はもちろん、衣装作りや振り付け、劇のあらすじ作り、何十曲ものピアノ練習など裏方としての仕事もハードだったので、個人的に終わった後の達成感は大きかったです。




【特にひどかった最悪の出来事】
わたしが辞めたきっかけになったのは、なくなりかけで出が悪くなった絵の具の出し方を注意されたことです。
空気を入れて逆さまにして振ると出が良くなるのですが、それを何回しても出ないくらいに残り少なくなっており、最後まで絞り出して使おうとしていたところ、「空気入れて振るのよ!」と突然怒鳴られ、こちらの言い分も聞かず「良いから!」「だからね!」と意見を押し付け子ども達の前で怒鳴り続けてきて、そこでずーっと我慢していたものが溢れ出し、「あ、まじで辞めよ」となりました。
出来事としては大したことではないですが、コップぎりぎりに溜まっていた水が、たった一滴の何気ない出来事で溢れてしまったんだと思います。
あの時のことは不思議と今でも鮮明に覚えており、絵の具や調味料などチューブ状のものを見ると思い出して不快になります。




【相談した人・助けてくれた人】
付き合っていた彼(現在の旦那)には毎週末泣きながら愚痴を吐いており、「じゃあ辞めて結婚の予定早めようよ」と言ってもらい。
母にはもう我慢ならん!と一度弱音を吐いた時に、「辞めて籍入れちゃいなよ!」と言ってもらい。
バンドマンの友だちにも愚痴を吐くと、自分も周りも色々なことから逃げたり辞めたりした経験が豊富だからと辞め方についてたくさんアドバイスをしてもらい。
たくさんの人に前向きに「辞めな」と言ってもらいました。
有難いです。
特に経験者バンドマンのお言葉は大きかったです。
「世の中にはどうしても嫌な人ってのはいて。
その人と我慢して付き合い続けるのも、勇気を出して距離を置くのも、どっちも同じくらい労力は必要。
どっちを選ぶかは自由だけど、自分だったら距離を置く。
そっちの方が一気に大きい労力が必要になるかもだけど短い時間で終わるから。
我慢してる時間があったらその時間を立ち直る時間に使いたいから。」
的な話をしてくれて勇気をもらえました。
辞めた後は、彼も親もバンドマンもその他の友だちもみんな「退職おめでとう!」「辞めてよかったね!」とお祝いしてくれて優しさが沁みました。

【改善のための行動】
とにかく突かれないように仕事を丁寧に完璧にこなすようにしました。
まあ無理矢理粗を探す…というか粗を作っては暴言を吐いてくるので意味なかったですが。
わたしが何か大きなミスをした訳でも、迷惑をかけた訳でもなく、役立たずの能無しな訳でもなく、今年度で辞めると宣言しただけでターゲットになったので、自分ではもうどうしようもなく、みんなも自分がターゲットになるのは嫌なので職場内に味方はおらずで、後はとにかく耐えてました。




【現在の状況と心境の変化】
仕事を辞めたのが去年の9月末出来事なので、まだ半年ほどですが、付き合っていた彼と結婚し、少しの間何もせず心と体を休め、今はとても楽しく充実した生活を送っています。
また子どもと関わる仕事がしたいなという気持ちと、保育の仕事はしばらくはいいかな…という気持ちで揺れていますが、保育の仕事なんてもう絶対嫌!とトラウマになる前にあの場を離れられて良かったです。

【学んだこと】
園長や周りの先生達のことは反面教師にして生きていきます。
あんな人間に成り下がっては駄目、歳を取っても穏やかに優しく生きるべし、と学びました。
あとこれは自分だけでなく全ての人に伝えて回りたいことなんですが、あまりにも辛い時は自分が壊れる前に逃げるべし。
なんでもかんでも逃げるのはあまり良くないのかもですが、まわりへの迷惑や世間体を気にしている間に自分が壊れてしまっては元も子もないので、第一に自分を大切にするべきだと思います。



【当時の自分へのアドバイス】
よく頑張ったよ!辞めて正解!最後まで大人な対応できて偉かったね!行事前だからって子ども達が困らないよう行事の準備をひと通り済ませて辞めたのすっごく偉いよ!君が頑張ってくれたお陰でわたしいまとっても幸せだよありがとう!と労ってあげたいです…
とは言え何回やり直しても今年度いっぱいで辞めるもんは辞めるしターゲットにはならざるを得なかったと思うので、過去の自分へのアドバイスは特にないですが。
あとひとつ心残りがあるとしたらやっぱり子ども達で、子ども達の方は案外早く順応してもうわたしのことは忘れて新しい担任と楽しく過ごしているんだろうなと思いますが、わたしの方が「あの子あれできるようになったかな…」「あの子このキャラクター大好きだったよな…」と未だに未練たらたらです。
またやり直したとしても多分計画的に辞めるなんて出来なくて、突然辞めることになってしまうとは思うのですが、もしできるなら子どもにちゃんと挨拶してからあの場を離れたかったなと思います。
するべきことと言うか、できたらより良かったことですかね。